茉莉ちゃんの名前は、香港のJasmine Teaに因んで付けられました。
Jasmine teaは広東語で「香片(ヒョンピン)」とか「茉莉花茶(モーレイファーチャー)」と
呼びます。ですから、彼女のEnglish nameは「Mary」では無く、「Jasmine」なのです。
説明する際は”森 欧外”の娘の”森 茉莉”の字です、って言うと、判る人には判るらしいのですが
如何せん、父親の自分が知らないものだから、釈然としない。
「草かんむりの下に世紀末の末で・・・」って言ってると、時間が掛かってしょうがない。
そのうち、こんな名前のアイドルでも出てくれたら簡単なんだが、と考えている他力本願の父親。
何はともあれ、茉莉は2001年4月11日、39時間の難産の末、無事deliveryされた。
(と、英語では言うらしい。愛想の無い表現である。)
3,345gであった。良かった良かった。血液型は母さんと同じA型である。

嶺(れい)君は2002年10月20日(Sun)、映画「慕情」の舞台となったMatilda Hospitralで
生まれました。香港の観光名所であるPeakに程近い見晴らしの良い病院です。
山頂に程近い場所で生まれたので「嶺」、と言うのは若干こじ付けっぽいですが、
病院に入って5時間後にdelivery。体重3,230g,とお姉さんより若干軽めです。それで安産か?
これからお父さんみたいに大きくなっておくれよ。因みに血液型は父さんと同じAB型である。


父(学)母(晴子)への個別mailはこちら
 











お友達が出ているお化け屋敷に遊びに、、、、ではなく、バレーの発表会。
母親が娘にバレーを習わせたい、という欲求は何処から出てくるんでしょうね?



サッカークラブに通ってます。ちびっこクラスなんですが、少人数のクラスなんで
結構身に付いてるんだと思う。しかし同じ年頃でも上手い子居るわ。
もっと小さい頃から始めてるんだろうけど。



小学校の研究テーマ発表会。
一応、嶺がリーダーらしい。という事で誇らしげに発表しているのである。



社長宅で、社員の家族を招いて行う新年パーティー。
総務人事部の駐在員はこういうアレンジもせねばならんのです。
この日の主役は子供たち。
これはパットゴルフ大会。
父のパットセンスを受け継いだ嶺、百発百中、と言いたい処だが
父のセンスを受け継いでいるということは。。。



Wallyを探せ状態で、何処に茉莉が居るのか分かりませんが、
一分くらい目を凝らしたら見つかると思います。日本人学校の
クラスメイトと。



ユネスコの世界文化遺産であるアンコールワット。(カンボジア)
タイ駐在中には必ず訪問せねばならぬ旅行先の定番であります。
ということで元旦早々行ってきました。

樹木生い茂る密林の中に長年埋もれていた首都建築。
クメール文化?の仏像・文様で建築された多くの建物が数百年も人知れず
残っていたのであります。



  

  

 




タイって物価安くて良いよねぇ、って良く言うセリフですが
色んな習い事も日本に比べたら安いわけで、結局そういう習い事を一杯やって
毎月の出費は結構な額になったりするんですが、テニスレッスンもその一つ。
唯、長原に居た時に通ってたテニススクールみたいに10数人の生徒で並んで
一球打ったらまた最後尾に並んで打つ、なんてまどろっこしいのじゃなく
こちとら何と個人レッスンです。しかも住んでいるアパートに付いてる室内コート(!)に
コーチが来てくれて。何て王様みたいな生活なんでしょう。
始まる時間の10分前位にエレベーターで降りりゃいいんだからこりゃ楽ちん。

テニスコートを軽く数週走って、準備運動して二人で代わる代わる打つので
打球数も多いし、個別にフォームの指摘もしてくれるし上手くなる、筈。

コーチのエカポン氏は大学生で片言の日本語が話せるのでコミュニケーションも
出来ている、ハズ。

茉莉のバックハンド・ショットは脇が締まって腰をグルリン。


嶺は男らしく強打をしたがる性質。フォアハンドを打ち込む!



仲が良い二人で、俺のショット見たか?と挑発する嶺。
楽しそうに習ってます。



2011年12月30日、年の暮れ。
運転手のPairojに出勤してもらい、蛍が群生するマングローブで有名なアンパワーに。
此方、昼は水上マーケットも賑やかな観光地。





でも、今回の一番の目的は違うのである。
日没前、数百万匹の蝙蝠が洞窟から一斉に飛び立つブラックドラゴンを見にカオチョンプランに
行くのである。4時過ぎにはアンパワーを発ち、予め同僚に調べて貰っていた行き方に沿って
向かう。タイ人のPairojも初めてとの事。
勇んで行ったカオチョンプラン、我々以外に誰も居ない。。。。本当に此処で合ってるのかしらん。。。
我が家の愛車、白いハイエースが一台停まるだけの観覧席。
向こうに見える岩山の穴から、夕方一斉に蝙蝠が飛び立つ、、、、んじゃないかな。



勝手に観覧席らしき建物の二階に登り、日没を待つ。


18時前だったであろうか、ブラックドラゴンは急に現れた。
洞窟からバサバサッという音と共に300万匹もの蝙蝠(誰かほんまに数えたんか?)が飛び出してきた。
延々と、延々と。。。10分経っても未だ途切れない。
龍の尾は延々と続くのである。



いや~、これは迫力ありますよ。
動画も撮ったのでこのサイトに何とか載せられないかな、と思うのだけれど、そのテクニックを
未だ持ち合わせてないので今回は静止画で。(You Tubeか何かに繋げたらよいのかな?)




取り敢えず、この迫力を感じて貰うべく他人の撮影したカオチョンプランYou TubeにLinkを張ってみた。




X'mas Treeだけど皆半袖。年中暖かい(SeasonはHot , Hotter , Hottestしかない、と言われてる)バンコクなので
クリスマス気分も余り盛り上がりませんよ。仏教国だし。



まん丸だけじゃない、こういうクリスマスケーキもあるんですね。
バタークリームが殆どのバンコクにあって、生クリーム系のケーキは
本当に旨い。


空手クラブの餅つき大会。
異国に住んでいてもこういう日本の習慣を思い出させてくれるクラブ行事、有難い事です。



我が家の近所に有ったトンカツBECKの別形態店、串揚げ食べ放題店。
自分でテーブルの油に入れて揚げるのね。
散々食っておいてなんだけど、串揚げそんなに一杯食べられるもんじゃないね。
中々元は取れない。



香港でもバンコクでも一緒になったご縁ある、双子らしい。
余り顔は似てないね。
で、嶺の背が高く見える。



晴子がボランティアで参加していたJim Thompson Houseの日本語ガイド奥様方。
タイの歴史とか結構ガチで勉強して、試験をクリアーしないとガイド・デビューさせて
くれない、一寸スノッブなグループなのであった。




茉莉は柴犬が好きで好きで。。。。ロクとコロ。2匹には癒されました。




ほれぼれするほど真っ赤な紅葉。色々連れて行って頂きすみません。



京都です。


父は一人バンコクに居ましたが、家族は芦屋で楽しくやってた様です。
ピアノコンサートに行ったりとかさ。
バタバタと帰ったから綺麗な服着ても靴はすぽーとシューズだったりするんだけどさ。



洪水で日本人学校も沈んじゃうかも、って学校閉鎖に。
茉莉、嶺、晴子は一時帰国。芦屋にお世話になりました。
芦屋の小学校に臨時編入させて頂き、教科書なども無償提供して
下さったそうで有難いこってす。






皆さん、ご無沙汰です。
バンコク滞在中にパソコンを新調し、サイトの更新が出来ない(しない)状態が数年続きましたが
新たにソフトを購入して再度更新できる環境になりました。
さて、数年のブランクを持ってどれだけ更新出来るやら。ぼちぼちやっていきますわ。


2011年10月はタイにとって大変な時期でした。
時のインラック政権が地方政府をコントロール出来ない状態で
雨水を逃がす経路が確保できず、結果ダムの水が溢れかえり
アユタヤ工業団地を含む街が洪水で溢れかえり水に浸かったのでした。
ホンダを始め多くの工場が水没し、父の勤める会社が出資している会社の
工事も多く浸水・使い物にならなくなってしまいました。
遂には600万人の人が住むバンコク周辺までにも洪水はヒタヒタと、正に
真綿で首を締めるとはこの事、と言わんばかりにじわりじわりと水没する
街がバンコクに向かって広がっていたのでした。

以下は父が勤務していたビル。水が浸水してこない様に土嚢を積み上げて
いるところです。アユタヤの沈んだ工場もこういう対策をしてたんですが
水深1mにもなると水圧は何と1トン!2m以上浸かってしまう状態では
土嚢も崩れちゃうんですね。ちなみにこのころ、土嚢の値段は高騰し
折角積み上げた土嚢を夜中に盗んで売りさばくけしからん輩がそこらで
いましたとさ。



因みに父はバンコク市街も浸水することを想定し、重要書類等のPick upや
同僚救援を想定して日本より簡易ボートを取り寄せ、事態に備えていた。
が、そのボートが活躍する様な事態は幸いかな無かった。




水に浸かってしまった関係会社の工場。
ゴムボートに乗って調査に行きました。。。。




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